君と僕と幼女(Ⅱ)
 
犯罪者になるつもりは毛頭ないというのだ。ベーシストよ、変態であれ!
 


アルビノ

はい。

時折、マクドナルドを食いたくなりますよね。僕としてはポテトはマックが美味いと思うのですけれど、どうでしょうか。

まぁ量としてはお八つのようなものですが、100円であの量なら同じ額の菓子を買うよかマシですよね。
コーラはあまり飲みすぎると、文字通りの意味での甘い汁を吸ってるようにしか思えなくなって、途端に味気がなくなりますね。なんででしょうか。

こんな話してたら腹が減ったのだけれど、何か食うものはあったか知らん。


というか、いつの間にか9時なんですね。夢中になりすぎましたね。

さて最近またベースを触る機会がなくなったかと思われましたが、どうやらその心配も無用なようです。
相変わらずギターもベースも、曲を弾いてみようという気持ちにはなりませんけれども。


さて、小泉八雲の本をやっと読み終えました。

ライトノベルを読むこともありますが、やっぱりラノベは所詮ライトノベル、ページ数は多いけれど、4時間くらいあれば読了できますよね。

小泉八雲はラノベじゃありませんけれども、これは短編集で短時間に少しずつ読んでいって楽しめたのが良かったです。まぁこの歳で読んでる人は居ないでしょうけれど。

そしてまだまだ溜めてる本が有りますからね、徐々に読んでいかないとなりませんね。
次は「ライ麦畑でつかまえて」でいこうかなと。

でも欲しい本もたくさんありまして、「老人と海」や「ベロニカは死ぬことにした」なども読みたいです。所謂名作、傑作などと呼ばれるものを読みたいですね。太宰の人間失格はとても面白かったけれども、斜陽も読みたいものです。

太宰や宮沢、芥川などは100円均一で売ってますけれども、やはり蔵書にするなら百均じゃ甲斐がないってものです。

あ、そういや京極夏彦もまだ読んでないや。読まねばのう。


何か、急に暇を与えられたときっていうのが一番困りますよね。
暇をつぶす準備なんてしてる訳もなく、その暇はただ浪費してしまうだけ。忙しい時には喉から手が出るほど欲しいその暇は、暇を楽しむ準備をしなければ意味がなくなります。

僕の暇は急に与えられてしまいました。といっても1日とかいう単位でなく1週間なんですけれどもね、予定が崩されるというか、あるべき予定が雲散霧消しましてね。僕は予定のために奔走してたけれど、それも必要なくなったのかな。

あの充実感というか、充足感を返してほしいけれども、文句を言ったって始まらないです。


さて暫くの間休んでた打ち込みでも再開しますかね。
でも最近、東方も下火な気がします。僕はずっと同じくらいの配分(?)で来てますけれど、某動画サイトでも久しくランキングに載ってないような。

僕はニk…某動画サイトはもう嫌いなので、もうかなり見てませんけれどね。営利に走りすぎた辺りでもう見限りました。結局、腐れきったテレビと同じメディアと化すんですよ。


さて話がずれました。
その東方の楽譜も作ってはいるけれど何の役にも、誰の役にも立たないのでは意味がないでしょう。
甲斐がないというか、楽譜に意味がないなら作る意味ももちろんないわけです。

まぁそんなこと書いてる間に、一人で勝手に辞めれば?っていう話なんですけれどね。
アレンジして楽しむのもいいかも知れないですね。

でも世にある東方アレンジも氾濫してますけれど、原曲に勝るものはないですよ。
確かにいい曲はいいけど、比べると劣るのがアレンジです。アレンジとはそういうものなのかも知れませんね。
如何に良いアレンジを施したところで、所詮メロディなどの基本的な部分は継承している訳ですから(していなかったらアレンジとは言わないわけで)、どうやっても原曲を超えることはできないんですね。


まぁバンドでやるのはちょっと違いますけどね。

打ち込みでアレンジやると、なんでも出来るからなんでもしちゃう。余所と違うことをしようと、テンポを変えるとか、変拍子にしたりとか、妙に凝ったりしちゃう。

けれど、バンドにはパートがあるし、技術的な問題もあります。
それにライブってのは打ち込みじゃ絶対に出せない臨場感がありますからね。臨場感ってのは、打ち込みに勝る要素の一つなわけですよ。


僕は打ち込みも碌に出来ないダメな人だけれど、バンド活動したいです。

僕は打ち込みできないと、作った曲を他人に弾いてもらえないと思うから打ち込むしかないんです。
打ち込みして確認しないと変な曲になること請け合いですからね。

まぁ世間一般でいう打ち込みはMIDIで僕の言う打ち込みはMIDIとも違いますが、どちらにせよMIDIの方もできるようになりたいですね。


ああ目が乾く~



蠢々秋月のTab譜を作ろうか…

って先月くらいから言ってる気がしますね。有言不実行とは、良くないことです。
昔の日本人は、例え口約束でも守るべきものは守りました。契約書なんて無くても良かったんです。

温故知新と云いますが、今は知新は自重して温故だけでいいんじゃないですかねぇ。


でも今は曲を弾く気になれないので、どうかお許し願いたく申し上げ候



ではまた。



2009年10月21日(水)21:24 | トラックバック(0) | コメント(0) | 音談義 | 管理

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